24.二度目のうつ病、秒読み段階から退職へ

サラリーマンをやっていると、いろいろなタイプの人がいると思います。

1)不平不満を周りに言いながら、上司には言わない人。

2)不平不満を上司に言いながら、「辞める、辞める」と言って辞めない人。

3)不平不満をほとんど言わずに、体調を崩して、辞める人。

中には「言いたいことを言って、やりたいことをやって、うまくやっている人」もいるかも知れませんが、そういう人は極々稀でしょう。

ある人が「サラリーマンはストレスをお金に変える職業だ」と言っていました。
確かにそうかも知れません。

いや、本当はそれが当たり前になっている今の社会がおかしいんです。

でもあまりにもそれが多すぎて、当たり前になりすぎて、みんな「どうせどこに行っても同じでしょう?」と諦めてしまっているのが現状だと思います。

ちなみに、私は先程の1)~3)では、3)のタイプでした。

私は小さい頃から、自分の気持を押し込んでしまう事が癖になっていたため、思ったことをすぐに口に出して言うことができませんでした。

更に完璧主義だった事もあり、そんな私が「できません」「間に合いません」「無理です」なんていう言葉を出すことはできませんでした。
それは私にとっては「とても侮辱的な言葉」だったからです。

それを言ってしまうと「自分は仕事のできない人間なんだと(自分自身に)烙印を押してしまう」そんな気がしていたので、どうしても言うことができませんでした。

だから、どんなに大変になっても、ギリギリまで頑張るので、事前にSOSを出すことが出来ませんでした。

そんな日々を送っていた2016年冬、その頃はいつも会社から駅へ向かう途中、泣きそうになっていました。

自分は何のために生きているんだろう?
何のために仕事をしているんだろう?

そんな事を考えながら駅まで歩いていると、自然と涙がこぼれてきました。
そしてホームを歩きながら、ふと思ってしまったんです。

「ここに飛び込んだら楽になるのかな…」と。

死にたいなんて思ったことはありません。
むしろ自分は生きたい!何があっても生きてやる!ってずっと思ってきました。

でもその時は、純粋に「この苦しみから逃れたい、楽になりたい」ただそれだけでした。

この時「あ、このままだとまたうつ病になる」と思いました。

丁度その頃、会社のストレスチェックで結果が悪かったこともあり、産業医に相談しました。
そして上司にも「このままでは自分が壊れそうなので、仕事を続ける自信がない」とも伝えました。

でも結局、人員が増えるとか、仕事量が減ると言った事はありませんでした。
ただこの時は丁度年末が近かった事が幸いでした。

年末年始の休暇でリフレッシュでき、そこでなんとか気持ちが回復できたので助かりました。
でもそれは一時的なもので、この数カ月後、また追い打ちを掛けるような出来事が起きます。

2017年5月、同じ部内のあるグループをまとめていた先輩が、他部署へ移動になりました。
そしてその後任として私が抜擢されたのです。

後任と言ってもそれに専念するわけではなく、今までの仕事をやりつつ「そのグループの面倒も見て欲しい」との事でした。
それは単純に仕事の増加を意味していました。

しかもグループ長をしていた先輩の後任でありながら、私はグループ長ではなく、単なる部員として、でもみんなをまとめる役、というものでした。(リーダーと言えば聞こえが良いですが、リーダーという役職は無いので結局ただの部員です)

それまでただでさえ忙しく、うつ病になりかけていた所、なんとか持ち直してギリギリの所でやっていたのに、仕事を減らされるどころか、逆に仕事が増えてしまい「あぁ、もうこれはダメになるのは時間の問題だな」とその時思いました。

そしてそれから程なくして、自分の部の部長までも変わってしまいました。
当時の部長は、親会社から出向で来ていた人で、親会社に戻ってしまったのです。
そして新しい部長も親会社からやってきました。

先輩から引き継いだばかりの仕事。
そして自分を守ってくれるべき部長の交代。(しかも新しい部長は会社のことを何も知らない人)

こんな状況で、部長・グループ長が参加る会議に、初めて私がグループの代表として参加した時の事です。
(この時、新部長は用事があって欠席の為、私が代理で参加しました)

そこで私は、先輩から引き継いでいない内容について、叱責を受けました。

「今まで時間があったはずなのにどうなっているんだ!?」と言われ、私は先輩からその件については引き継いでいなかったので「それは聞いていない。もしかしたら前部長が引き継いだのかもしれない」と答えると「じゃぁ責任は全て前部長にあるんだな!?」と詰め寄られたのです。

自分がやってきたことで叱責されたり糾弾されたのなら仕方がないと思います。

でも、自分が何も知らないことについて、そのグループの代表だという事だけで(グループ長でも何でもないのに)、みんなの前で叱責されたことは、私には耐えられませんでした。

そして、「もうここで仕事を続けるのは無理だ」と思い、会社を辞める決心をしたのです。


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